夢をみてました・・・
2009年3月、
父の末期ガンが発覚しました。
青天の霹靂でした。
そして,その年の10月。
父は安らかにこの世を去りました。
61歳の人生に幕を下ろしました。
僕、実は一人っ子なんです。
その時まだ30歳。
父の死なんて考えたことはありませんでした。
急に,今の職場を辞めて,
実家に戻らないといけないのか・・・
そう思うと、
今までのことが
全て夢のような気がしてきたのです.
当時勤めていた病院は
手前味噌でもなく、
本当に素晴らしい病院でした。
理学療法士を認めてくれる
院長・副院長・その他医局の先生方
上司の鏡とも言える科長
支えてくれるスタッフ
ここを辞めて,
こんなに恵まれた職場が地元にあるのだろうか?
天命
そう悩んでいたときです。
ふと,
普段から口数の少ない父が,
生前に遺した言葉を思い出しました.
「理学療法士は開業できるのか?」
「開業しないのか?」
中学~高校と,
空手で故障だらけだった私は,
素晴らしい医療者に出会うことも,
適切な医療を受けることが出来ず,
医者不信・病院難民でした。
その当時の
「自分でなんとかしてやる!」という思いが、
僕を理学療法士に導いてくれました。
だから,いずれは開業したい
という気持ちもありました.
しかし,学生時代に,
理学療法士の開業は,法律上,
認められていないことを知りました.
いまや,日本の医療は崩壊寸前です.
病院が潰れる時代です.
理学療法士を取り巻く環境も厳しく,
技術料は下げられる一方です.
さらには、
患者さんがリハビリを受けられる
期限さえも制限されるようになりました。
しかし,そんな時代だからこそ!
医師と対等にリハビリを任されている理学療法士が、
病院の外で出て社会貢献できるのでは・・・
きっと,理学療法士こそが,
健康であることを心から望む人達のために,
「リハビリ難民」と国からレッテルを貼られた方々のために,
健康を取り戻す・維持するお手伝いが出来るのでは・・・
ヒトの健康が,無謀な政策に翻弄されない社会が出来るのでは・・・
ヒトの健康と日本の医療のためになる仕事をしたい!
「無謀だ」
「時期尚早だ」
「できっこない」
・・・いろいろ言われました.
でも,全ては社会的弱者である患者さんのためです.
だから,私は一世一代の勝負を決意しました.
それが,Physio-studioプラスワンの設立です.
偉そうなことを言うと、
これを僕は勝手に
『天命』だと思っています。